前のブログを書き終えて1時間もしないうちに再び激しい疼痛。

満床となっている近くの病院は未だ受け入れ不可能に。
しかたなく以前世話になった飯田橋の病院へ救急車で向かうことにした。

飯田橋の病院では塩酸モルヒネと抗不安剤でわずかにコントロール。

ここまでは「助かったー!」と思った。
しかし、この直後に俺と母親はとんでもない目に遭う・・・。

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昨夕から今まで、想像もしたことのないハードな1日を送った。

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春から遠くの大学に通うことになった弟分の壮行会してきた。

最初は赤羽のジョナサンで話し込んでから、上野、湯島、秋葉原と移動して、最後に着いたのが新宿。
軽く飲みながらまた人生論みたいな濃いお話をして帰宅。

はいそこ、誤解しないように!
手は出してないから、マジで(笑)

なんかあっという間に過ぎた1日だったなぁ。

まだまだ話し足りないことがいっぱいある。
弟分もきっとそうだろう。

でも、弟分の満足げな表情を見てたら切り出しにくいやーね。

18歳の門出に乾杯♪


 
進学や就職でこれから引っ越す人多いみたいだね。

で、つい数日前、俺の誕生日に誰よりも早くメッセージくれた弟分が、そのメッセージのお礼メールに対して、返信で東京を離れて遠くに引っ越すことを話してくれた。

知り合ってそんなに時間が経ってないのに、メールは時々やりとりしてただけあって、なんだか本当に1人弟分が減るみたいな感じがして、いつでもネットやら携帯で連絡とれることすら忘れて、ものすごい虚無感に襲われてた。

「今まで黙っててすいません」

言えなかったんだろうな・・・うん。
教えてくれただけでもありがたいんだからさ。

それに引っ越すってことは、彼にとってきっと大きな門出に違いないわけだし。
離れても、遠くからいつもあたたかく見守っていよう。

会いたくなったら新幹線もあることだし(^-^)


 
 
母親の立てない、動けない状態は相変わらず。
いや、このブログの過去記事見ると直近では歩けてたんだよなぁ。
今はホントに立てない、動けない状態になってる。

それだけならいいのに、最近困ったことがここに加わった。

認知・痴呆症状の兆候がちらほらある。

一昨日、1月のカレンダーが捨ててあるのを見て、母親に聞いてみた。

俺 「あれ? カレンダー捨ててあるけどどーしたん?」
母 「だってもう2月だもん、1月はいらないでしょ」
俺 「今日の日付わかる?」
母 「2月1日じゃないの?」
俺 「らくらくホンにきいてみ」

「イチガツ、ニジュウサンニチ、ゲツヨウビ、サンジ、ニジュウナナフン デス」

母 「・・・・・(納得できない様子)」
俺 「らくらくホンがウソつくわけないやん(笑)」

このやりとりが以来、現在進行形だったりする(^-^;
精神的にくるね・・・マジで。

そしてたったさっき俺の携帯電話が鳴った。
ディスプレイに表示される発信者名は 「母親」。
隣部屋から携帯電話に慌てふためく母親の声が聞こえる。
俺の携帯は延々着信音を鳴らす。

俺 「どしたん?」
母 「今日はコーキの誕生日だからお祝いの電話してんだけど・・・」
俺 「コーキはここいますって(笑)」
母 「あれ?」
俺 「あれちゃうわ!(笑)」

俺の携帯電話がようやく鳴りやんだ。
誕生日もどうやら記憶から少しずつ消え始めているようだ。
このまま、俺の顔も名前も忘れちまうんだろうか・・・?
わかんなくなっちまうんだろうか・・・?

なんだか切なくなってきた。