介護っつーのは本当に体力勝負みたいな感じ。
最近はマメに「一体いつ寝てるの?」と真顔で聞かれるほど。
寝る時間さえ削って介護に向き合ってるからなぁ。

先週は52時間も寝ることができなかったって記録ができちゃったよ(笑)

今の俺は起きっぱなしで・・・何時間だ?
え〜と、カラオケ行ったのが一昨日だから、一昨日の朝から起きたまんまか。
いや、1時間だけ寝たな、うん・・・確か昨日の昼か、一昨日の昼に寝たんだっけ。
もう自分で起きてる時間さえわかんなくなってきちゃったよ(^-^;

なんで寝ないのか?・・・わからないよね?

母親の電動介護ベッド脇には消臭機能と保温便座機能付きのポータブルも用意されてるし、大体ちょっと寝るぐらい大丈夫っぽく見えるんだな。
けど、やっぱ大のほうは息子の俺にもあんまし見られたくないんだろうな。
なんとか自力で数回トイレに行くわけ。

おっきぃのが一晩に数回?・・・そんなヤツはおらんやろ〜?
・・・てことの釈明もしとかないと話が合わないね。

母親を冒している病気は以前書いたとおり 「悪性中皮腫」 で、2年前にオペで切除したんだけど、去年の夏に腹部大動脈のきわめてアブナイ辺りで再発しちゃって、もうオペで切除することはできないわ、悪性中皮腫だから抗ガン剤も効かないわ・・・で 「末期ステージ」 の判定を受けるに至ったのね。

そしてこの癌、休むことなくキツい痛みが襲うから、その痛みを麻薬系の鎮痛剤で抑えるんだけど、この鎮痛剤の副作用がひどい便秘症状。
便秘を回避するために、若干多めの下剤を飲むことになる・・・=昼夜問わず便意に襲われる。

しかも本人の足取りはバギー(シルバーカー)を押しながら移動するのがやっとで、俺が寝ちゃってる間に起きた転倒回数は数知れないほどあり、場合と場所によっては致命的になるわけだし、トイレの時間も計測して異常にすぐ気づける状態じゃないとヤバいんだわ。

そんなこんなで寝れないんだけど、今朝もやっぱり事件が起きてね。。。
トイレから母親の声がしてさ、行ってみたら衰弱状態で立てない母親の姿があったのね。
俺がリハビリパンツとパジャマのボトムを抱えてトイレに再度行き、トイレの便器に座ってる母親の足もとからリハビリパンツをはかせてやると母親が俺の肩に掴まって声にならない声で泣くわけよ。
周囲をよく見渡せば、転んだと思われる箇所箇所に便が落ちててね・・・。

ベッドに戻って落ち着かせるまで涙流してたわ。
そう、ベッドに戻るまでの道で母親と交わした会話は・・・

母「あったかい・・・」
俺「そら血ぃ流れてるからぬくいやろー(笑)」
母「そうだね・・・でもあったかいのがうれしい」
俺「俺の血はオカンの血やねんで〜(笑)」
母「・・・泣かせないでよ・・・」
俺「泣く必要ないやん、俺の誇りやし♪」

母親の前ではできるだけ明るく接して、ブログで愚痴たれる。
俺は悪い子です(^-^;


 
タイトルどおり、もう「去年の降誕祭」前後から今日までの話。

え〜降誕祭の2日ほど前の深夜に母親が 例の事故 以来、胸あたりの激痛を訴え、意識レベルも低下したことから救急出場を要請して、その日のうちに緊急入院が決まった・・・なんてハプニングがあり、俺はその対応であっちこっち走り回ってブログだのネットどころじゃない毎日を送ってたのね。

降誕祭前夜も母親のお見舞いに行く途中でミサに参列してはみたけど、土曜日が降誕祭前夜で翌日の日曜日が降誕祭ってこともあって、教会は「にわかクリスチャン」で溢れかえってた。

でも、こんな機会でも教会というものを知ってもらうってのはうれしいことだ。

俺もいろんな神社仏閣を訪ねて、クリスチャンながらその威厳ある儀式に触れて、その文化を広く知ろうとしてることだし、降誕祭を雰囲気だけでも楽しんでもらうことは誇りだったりする。

ただし 「降誕祭前夜=一億総生殖日」 ではないので、これは誤解してほしくないんだな(笑)

あ、脱線しちゃったよ(^-^;

そんな母親が退院したのが年の変わり目の12月31日。
ドクターからの 「最後の正月になるだろうから」 とのはからいで退院になったのね。
うちは正月とは縁がないけどさ、こうしたはからいはありがたいやね。

降誕祭前夜は病院で母親と二人っきりでケーキ食べたよ。
生涯すごしてきた降誕祭で一番思い出深い降誕祭になったなぁ。

さてと、次はここんとこのマイブームでも書くか・・・。



マメの家での不幸を受けて、こっちは家のスケジュールを大調整。
母親の病院予約、ヘルパーさん、入浴介助サービス、役所等々・・・を全部変更。
気づけばあっちこっちでダブルブッキングが生じてえらい騒ぎになりつつも、とにかく動いた。
筋肉痛もなにもかも気づく暇さえないぐらいに動いた。

そんなある日の早朝、部屋に響いた大きな音に目覚める。
目覚めのまどろみなんて覚える間もないほど、こういうときは職業柄なのか意識が瞬時に戻る。
目の前に映ったのは倒れて痛がる母親の姿。

どうやら俺の手を煩わせまいと、自分でポータブルトイレのパックを交換しようとしたらしい。
右額部、右胸から腹部にかけて思いっきり打ち付けたようだ。
すぐに聴診器と血圧計、体温計を取り出して容体を観察しながらバイタルチェックと触診。
異常こそなかったものの、痛みを訴えてその日は一食もできなかった。

翌日、病院で消炎鎮痛貼付薬モーラスを処方してもらい、経過をみることに。

今の母親にとってベッドからトイレまでのわずか7mは 「10km以上あるみたい」 に遠いものらしい。
そしてベッドのすぐ脇に設置したポータブルトイレでさえ 「500mを全速力で走るようなもん」。

母親には無理・無茶はしないように念を押して、痛みがとれるまで安静にするよう話しておいた。

ある友人は 「お母さんのこと甘えさせすぎじゃないの?」 という。
でもね、母親の悪性中皮腫は進行さえするけど、快方にに向かうなんてことはないんだよね。
その生命が尽きるまで、俺は後悔するような看護・介護はしたくない。
命を預けるほど、俺に甘えてくれる人がいるだけでもありがたいことだよ。


 
まだ母親が退院してきて1週間だってのに、すでに窮地に追い込まれている。
それは入院前は母親が自力で歩けたのが嘘みたいな状態だから。
今は物に掴まったり、壁伝いで歩くのも困難な状況だったりする。


俺がやってること・・・息子であり、家政婦であり、ホームドクター。

母親の就寝前には悪性中皮腫による痛みを軽減させるために、とうとう麻薬系の鎮痛剤を使うことになったんだけど、肝機能障害がある母親に投与する場合は細心の注意をはかり、投与後も様子が気になって眠れないことがあったりする。

昨夜がまさにそれで、深夜に母親が腹部にしびれを訴えた。
おそらく悪性中皮腫が腹部大動脈を圧迫したことによるしびれだと思う。
そこで麻薬系の鎮痛薬を投与してはみたものの、様態を注視しながらパソコンで音楽を聴いて夜明かしして、未だに眠れずにいる・・・。


なんだか親子揃って窮地に追い込まれた、最悪のケースかもしれない(^-^;


アスベストの被害者は、当事者だけじゃない。
その家族もアスベストの被害者に陥れられる。
患者も介護する家族も毎日24時間闘いっぱなしだよ。

激励や慰めはいらないから、国がちゃんと悪性中皮腫の患者や家族に対して、介護サービスや家族休暇のための一時入院が迅速・簡単にできるようなシステムを構築して欲しい。


・・・と、ブログで吠えたところでどうにもならないか。


 
母親の退院が今週末に決まった。
それはそれでいい。

しかし、どうも担当医の考えが俺には理解できない。


「そもそもここは病院で、治療できないクランケをおいておくのはベッドの無駄」
「ベッドが空くのを待っている外来患者が他にたくさんいるんだから退院してくれ」


要約すると↑↑↑こんな↑↑↑ことをずっといわれてた。

そして疼痛ケアに関する薬剤の処方についても


「そんなにその薬が使いたいならよその病院に行けばいい」
「うちではどんなに長くても14日分しか処方しない」
「遠いのはお宅の勝手、28日分まで処方できないのはこっちの都合」


口あんぐりな回答に、とうとう転院を決めた。
しかも親子揃って。


転院候補の病院はいくつか挙がったけど、結局都心のある病院に決定し、今日その病院を訪れた。
相談にのってくれたドクターとはこんな感じで会話が進む・・・


俺「・・・というわけで、病院のあり方に疑問を感じているんです」
医「なるほど、それにしても珍しい部位の病気ですね」
俺「前に出れば腹部大動脈、後ろに出れば腎臓への血管ですからねぇ」
医「それで向こうの先生はどんな薬を使うつもりなんですか?」
俺「当分はロキソニンとソセゴンで、次のステップではレペタンだそうです」
医「レペタンは副作用が多いから・・・」
俺「そうなんですよね、吐き気や食欲不振、あと強い依存性が気になります」
医「もしかしてあなたドクター?」
俺「はい」
医「なら話が早いですね、ちょっとカマセを入れてデュロ使いましょうか?」
俺「デュロテップなら確かに同じ作用で副作用が少ないですもんね」
医「じゃあ、向こうの先生に一応そういうお手紙つけておきますね」
俺「多分、デュロテップは使ってくれないと思いますよ」
医「え????」


そして母親のいる病院に行って、担当医に会ってデュロテップの話をしてみる。
案の定却下で、前述のとおりに「使いたいならそっちの病院でどうぞ」状態。

一瞬キレて「今週末退院でこの病院は診療終了にしてください!」と吠えた。


物事はぽんぽん進み、今週末退院したのちに、今日相談に行った病院へ転院することになった。


そもそも俺はこの病院の籍じゃない。
だからそこら辺は結構自由度が高い。

母親は来月から、俺は年末までに移籍する予定。